【あれから、15年 警察庁長官銃撃事件】(下)浮上したもう一人の男(産経新聞)

 ■「テロとの戦い、現行法では限界…」

 警視庁公安部の南千住署捜査本部にある「特命捜査班」。この班は、オウム真理教とかかわりのないある男について捜査している。男の名は中村泰(79)=別の強盗殺人未遂罪で無期懲役が確定。中村は刑事部捜査1課が別の事件を捜査中の平成15年に長官銃撃事件との関連性が浮上、事情聴取に「自分が撃った」と認めた。

 捜査1課は独自に事件との関連を捜査。19年12月28日に当時の警視総監、矢代隆義(60)にこれまでの捜査経過を報告した。その結果、聴取を担当した捜査1課管理官を捜査本部に組み入れる形で、オウム説と中村説の2本立てで捜査することが決まったのだ。

 拳銃の入手経路や下見の経緯…。中村の供述は詳細を極めた。犯行に使用されたホローポイント弾もオウム武装化前にはすでに製造停止されており、米国でも入手困難なことが判明。犯行後に放置したという自転車は24インチで小柄な中村にはぴったりだった。次々と裏付けがとれる供述。捜査1課OBは「拳銃と銃弾の線ではオウムは出てこない。ブツや状況証拠では中村の犯行は有力だ」と胸を張った。だが、公安部の見方は冷ややかだった。

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 「これまでの経緯から犯行はオウムで間違いない。(中村の)供述は聴取の過程で知識を蓄え、事実に沿うように作り上げた可能性を否定できない」(公安部幹部)。公安部は刑事部が“秘密の暴露”にあたるとみて重視してきた中村供述の内容についても疑念を示す。「(犯行時の状況など)捜査会議で話題になった内容は秘密の暴露にあたらない」(同)というのが理由だ。

 公安部が最近になって作成した内部資料では「犯行に関与した可能性は極めて低い」とし、中村犯行説を否定。犯行当時の目撃情報と大きく異なるうえ、銃撃時の証言内容が実際と異なる点があるからだという。

 「公安部の指摘は枝葉の部分で15年もたてば記憶違いもある」(刑事部OB)。中村が犯人であれば、事件後海外渡航があるため時効は1年近く延長される。そのため中村を捜査対象にする特命捜査班は時効が迫った今月16日にも中村から事情聴取しているが、決め手となる物証はないのが現状だ。

 公安部の捜査本部に捜査1課員を組み込むという異例の捜査は2年間続いた。「縦割り捜査」「水と油の関係」との批判を排除するための思惑もあったとみられるが、捜査本部内に相反する2つの容疑者が存在したことで、「思うように機能したかは疑問が残る」(警察幹部)。

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 「中村の証言は確かに信憑(しんぴょう)性はある。だが拳銃か共犯者を出すことだ」(警視庁幹部)。特命捜査班には高いハードルが存在する。拳銃について中村は「伊豆大島に向かうフェリーから捨てた。回収は不能」としており、通称「ハヤシ」と呼ばれる共犯者についても「裏切ることはできない」と供述を拒んだからだ。それでも捜査班は「ハヤシ」と目される男を割り出したが、聴取は思うように進んでいない。

 一方で公安部はオウム犯行説で一貫しており、中村は「シロ」との見解を近く正式に決定する。刑事部と公安部の相克が浮かぶ。だが、いずれの物証もみつからない中で、警視庁が15年で犯人を特定できなかったことは現実として重くのしかかる。事件が投げかけたのは、「見立て」をめぐる組織内の問題点にとどまらない。公安部幹部は犯行はオウムだとしたうえで次のように指摘する。

 「個人を特定しないといけない現行法では限界がある。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、テロ組織の捜査は難しく、事件は司法取引の必要性など法制面での課題も突きつけた」

 長官はなぜ狙撃されたのか、誰が撃ったのか…。未曾有のテロ事件は時効という形で幕を閉じる。(敬称、呼称略)

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 連載は荒井敬介が担当しました。

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